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日々

根っこがボンクラであるくせしてへたに途中の条件式をすっとばすとかいう小利巧な理屈を「発見」として自分の手柄としてしまうからゲーム脳呼ばわりされてしまうのであって、のっけからゲーム脳で自分の脳みそができていたようひとたちには伝統的に天才とか奇人とかきちがいとかいう呼び名がある。

ていうかんじでいいのか。

7:34 2002/10/28

日々

秋葉原。
すっかり変わった。成功している。煙草を悪と明示することに。

歩行者天国中央通り 歩行者天国中央通り

秋葉原にとって吉と出ればいいなと思う。煙草の匂いがしない秋葉原を歩くというのは、たしかにきもちがいい。自分が吸いたいときのその居づらさといったらないけど、我慢できなきゃ喫煙可の喫茶店にでも入るしかねーかなとか。
そういう意味で喫茶店は繁盛してるんじゃないかな、煙草一本吸うために、これまで喫茶店には寄り付かなかったひともたまに入るようになってるんじゃないかなっていうか。ほんとに空気もきれいになったようなかんじで、それこそ煙草吸ってるひとが居たら10メートル先からでも匂いでわかる。

いずれアメリカみたいに飲食店全店禁煙制が導入されだしたら、また違ったくらし方が必要になるか。

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電気街口をサトームセンのほうに出てすぐ脇に逸れるとJRの通用口らしいやかましくて大雑把で寂しい空間がある。

秋葉原電気街口脇のコインロッカーのあたり 秋葉原電気街口脇のコインロッカーのあたり 秋葉原電気街口脇のコインロッカーのあたり

ホームレスのおっさんたちが100円玉や500円玉の貸借や支払いなどをしながら談笑している。かれらにも流通がある。仕入れ、バイヤー、倉庫持ち。秋葉は商人の街だ。

頭上注意!アキバに出没

「スパイダーマン」のDVDが発売されるみたいで、電気街口あたりの柱はそれ一色。頭上注意っていうのは提示する情報としてなかなか的確だ。蜘蛛型ヒーローはビルの上から悪を狙う。
広告展開的に、スパイダーマン型の等身大ゴム人形とかをあちこちのビルのてっぺんあたりの窓に貼り付ける(っていうか吊るす)とかしたらかっこいいかもな。効率悪いか。

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ていうかCLIE用のケースとか買いに行ったんだけど適当に見回っても売ってなくて、結局喫茶店でTにいえーい新型新型とか見せびらかしたり使い方を教わったり名詞交換をしたり(そのやりかたも教わった)して、液晶保護フィルムを買って帰った。
レジのねえちゃんが、きれいというわけではないけどかわいいかんじで、あーがんばってしあわせなくらしをしておくれとか思った。なんというかわりと真面目に生きていながらときどき貧乏くじひいてそうな顔をしてたので。おれおっさんくさ。

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そういえばCLUB SEGAでテクニクビートをやったよ。

テクニクビート

ゲーセンも久しぶりなのでテクニクビートの本物を見たのはこれが初めてだった。適当に何回か遊んで、あーいかんやっぱ出たらPS2本体のっけ買いなのかーとか思った。制作はARIKAだからゲーム自体もちゃんとやりこめるようにはなってんだろうし、曲はめがてん細江氏とか佐宗綾子氏とかあのへんのひとだし。

5:23 2002/10/28

日々

オーバースキルを使えるひとだからオーバーマンっていうのはトランスフォームするひとだからトランスフォーマーっていうくらい単純明快であってじつにいい。世の中これくらいシンプルにいきたいものだ。

ていうかザビ家が牛耳ってるのにジオン公国っていうその設定の実際のところを知るのはおれの場合高校生になってからであって、まあしかしそれはそれでおもしろかったからいいんだけどもっていうか、もしガンダムの敵がザビ家が牛耳るザビ帝国とかだったりしたら宇宙世紀はもとよりガンダムで20年来食っているサンライズの歴史も結構変わったりしたんかいなとか思ったけど要はおもしろかろうがつまらなかろうがそれなりの帯域でウケりゃいいのだという話なんだけどもそういうケリのつけ方は自分でやっていても思考停止にしか思えないのであまりスマートな結論とはいえない。
多少は悩んでみせるポーズもたまには必要だ。

それにしてもなぜ富野由悠季氏が監督をやったアニメは例外なく富野アニメっぽくなるんだろう。日本のアニメの伝統的な制作手法というものが、監督の作家性を出そうと思ったら割合はっきりと出せるような仕組みになっていて、彼はそれを十分に行使しているということなんだろうか、それとも、それとはまた別の問題として、制作チームの構築に関しても彼はその独自の個性を発揮しているか、あるいはそれを整えてくれる環境に恵まれて仕事をしてきたということなんだろうか。
そのへんの問題に関して言えることは常に「結果としてそうなったやつが結果として一番偉いということになる」という一点だけで、原因やその仕組みは外から見ているだけではいつになってもわからないよな。

11:57 2002/10/27

日々

結局PEG-NX70V買っちゃったのでどうにか使ってみようかと決意の朝なのだった。
ていうかカメラの静止画・動画撮影機能を使ってみているうちに夜が明けた。

PEG-NX70V

この写真はさっき適当にCLIEで撮ってみたものなんだけど、なんつーかやっぱ小さいだけあって画質に期待してはいかんかんじ。質っていうか、色合いとか光量とかなんとか。あんま細かい調整できないみたいだし、ズームはデジタルズーム2倍(それは単にピクセル単純2倍してるだけって言わんのかと以前から気になっている)だし。まあしかしべつに写ってりゃいいかとか思うのでわりとどうでもいい。なにせこっちは動画も撮れるしな。多機能に高性能は期待せんのだ。
ともかく使ってみよう。できるかどうかはわからないが。

といっても大して意気込んで使うあてとかは探してもみつからないのでどうしようかね。エロゲーの発売日をいっしょうけんめい予定表に入力してみたり、NScripterはPalmで動くらしいので、買ってそのまま放置してある「月姫」でもインストールしてちまちま読んでみるかね。
やなSONYスタイルになってしまうな。

白いメモリスティックじゃなくても一応mp3で聴けるんだな。適当によく聴く曲をコンバートして入れておくか。つうかそれならメモリスティックけちらずに128MBにしておけばよかった。というかなんというかほんといきなり買っちまったので何をどうしたらどうなるのかサッパリわからないので適当に出し入れして実験中。
どうやって遊んだものか。

8:28 2002/10/27

mpgもコンバートして適当に放り込んでみたりする。
あームービー持ち歩けるなんて未来くせえー。いつまでも20世紀感覚で生きてちゃおいてかれるな。まあしかしClieでムービーなんか見てると電池速攻切れそうなあたりは、まだまだ所詮20世紀の延長なかんじで大変よろしい。
これで電波かなにかで街歩いてても勝手に充電とかなっちゃうとほんと21世紀っつーかんじだけど、んなことやってると通行人全員脳みそが煮えて死にますかね。
ともあれ今日はいろいろ実験だ。

9:02 2002/10/27

日々

昨日。
久々に連絡を取ってみたら応答があったのでMRSKP(ペンネーム)と池袋で飲んだ。

居酒屋

相変わらずコスプレの日々らしい。
日ごろチクチクと衣装関連のよしなしごとに手間暇を費やして(手作り衣装というものは、作るのにも維持するにもなんだかんだと忙しいものだ)、休みの日は朝っぱらからブワーっとコスプレで疲れまくるという生活は結構たいへんなんじゃねーかなと思うんだけど、好きでやれてるんだからこれはこれで丁度いい按配なんだろうか。
栄養さえどうにかなっていれば、こころが疲れない限りはからだは動くものだしな。しかしやっぱりそうであるなら並大抵の情熱ではコスプレを日常とする生活はやれない。

最近はこんなかんじ。

縦横区民

女装ひとすじかと思ってたらギレンもいける口だったのね。
なんか明日(っていうか今日)もどこかでガンダムコスプレのイベントに行ってくるという話で、さっきまで衣装染めやってたよと言って見せた指先が(染料で)青かった。
その指先をながめつつ、なんとなく、ナチュラルに趣味を生活に組み込んでいくっていう試みは、あのころの仲間の中では結局MRSKPが一番うまかったということだなあと思った。オタ優等種。

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一緒に高田馬場まで散歩。
東京はMRSKPのほうが長いんだけど、このへん歩いたことはなかったらしく「あーここってここに繋がるんだ」とか発見があったらしい。へへへ散歩はたのしいだろう。

明治通り沿いの馬場付近でビックカメラ本部ビルを発見。ていうかこんなところに本部があったというのはおれも知らんかった。わりと最近できたっぽいんだけど。よく通ってたんだけどなあ、もっと夜中に通ることが多いからライトが消えてたりしたんだろうか。

ビックカメラ本部

馬場のBOOK OFFでMMRの1巻と3巻を購入。あーもう古本だよ、石垣ゆうき氏に印税払い損ねてしまったよ。もー。まあ多分週刊少年マガジンの単行本の印税は刷った時点でまとめて払いなんじゃないかっていうか、今市場に残ってぶんをおれが一冊買ったとしてもそれが増刷のきっかけのひとつにでもならない限りはあんまし意味ないよとは思うけど。

しかも1巻と3巻っていうのが半端だ。あああ。

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underworldのライブもいつの間にか終ってる、昨日か。BEMODのレポートによればめちゃ混みだったらしいので、行かなくてよかったようにも。

18:13 2002/10/26

日々

まだMMRの1巻は補充されない。
21世紀に99年ものはもはや売れまいと見て再入荷しない方針か。
なめるなよこの野郎、あれば買うやつがここにいるぞ。

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昨日の夜はTさんとめしを食って遊戯王とかザナックとかについて盛り上がって楽しかったんだけど、帰ってきたら倒れて起き上がれなくなってしまった。まだちょっときつい。疲れがたまると休んだほうがいいかとかそういう感覚から真っ先に麻痺するよな。

ていうかおれの場合自律神経がいまひとつ健康でないので、いま暑いのか寒いのかとかの感覚もおかしいらしい。いとうせいこう氏は年中こんなかんじなんだろうか。

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そろそろ掛け布団を出す季節だろうか。

9:51 2002/10/25

日々

昨日。
眠れないまま早朝、胃になにか入れようとハンバーガーなど食っていたときにふと思った。
おれが食ってるこのバーガーの、パンと野菜にはさまれた牛肉は、すごく遠く長い旅を経てまさに今おれの口に入ろうとしている。ここが終着だ。ここから先は牛でも牛肉でもなく、おれに消化吸収されておれの血肉になるか、あるいはおれのうんことしてこれからまた長い旅に出ることになのかわからないけど、ともかくこいつ自身が「牛」と名のつくものであった時代はこれで終る。ならばこの肉の旅の始まりはどこであったか。

店の壁だかビラだかに書いてあったりするわけだ。この肉がまだ牛の形をしていた頃、こいつはオーストラリアに住んでいた。オーストラリア大陸か、ニュージーランドか、タスマニアか。ともかく南半球だ。
店の宣伝文句ではいいところだと謳っている。空気もきれいで水もうまく、草ものびのび育ってるそうだ。ほんとかどうかは(なにしろ実際行ったことないので)知らないし、この牛肉がどういう牛生を歩んできたのかおれの知ったことではないんだけど、まあ飼い牛としてはあまり悪くない半生ではあったろう。ここでこうして肉になってしまっている以上、その後のこいつにあったのは老後ではなく、死後なんだけど。

重要なのはこいつが持っていた、あるいはひょっとしていまでも細胞単位で持っている、こいつ自身としての記憶、たましいのようなものだ。おれはこの肉をまさに今から食ってこいつが栄養として持っている価値を吸収しにかかるわけだけど、おれがこいつをおれの胃袋に入れて消化吸収したとしても、それによってこいつ(がその一部であった牛)が食ったであろう南半球の草のことや、飲んだ水のかんじ、見上げた空の色などを知ることはない。牧場には牛追いの犬も居たのかもしれないし、牛飼いのおっさんなんかも見たことがあるのかもしれないんだが、この肉はおれにそういうことは伝えない。
おれの胃袋は食ったものの記憶やたましいを消化したり吸収したりする器官じゃないから当然だ。あるいはそれができたとしても、牛から牛肉になってしまった時点で、この肉にはもうそんなものは残っていないのかもしれないが。

いやそうじゃなくて、こいつの記憶はこいつの記憶としてそこでおしまいで、おれがそれを引き継ぐようなことがないからいいんだ。どう生きてどう死んでも構わないが、その生きざま死にざまを自分のものとして抱えて死ぬというのは重要で、そしておそらくは肝心なことだ。
こいつはオーストラリアで牛として生まれて、そのへんで殺されてたくさんの牛肉になり、はるばる地球をぐるりと渡って日本まで運ばれ、そして今おれに食わることでまた始まる。節目節目でそこまでの記憶はリセット、引き継ぐことはない。
存在まで奪われることはない。牛肉としてのこいつは、ここでおしまい。

さらば牛肉、とか思いつつ食った。
ようこそ新しいおれ。

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日本は食糧輸入大国だというから、おれの細胞には世界中の空気を吸ったいきものたち(であったもの)が含まれているんだろう。中にはおれ自身が行ったことのない国から来たやつもいる。ひとでいうなら合衆国だけど食い物でいうなら合食人間といったところか。自分の体内でワールドワイドを体現せざるをえないのが輸入大国の住人だ(それができてどうにかなってるんならべつに悪いことではないと思うけど)。
意識よりもからだのほうが、はるかに多くたくさんの土地にルーツを持っているということだ。地図を見渡すまでもなく世界中の空気を吸った連中がおれの体を通過していて、そして一部はおれの細胞になっている。おれが意識しているおれよりも、おれのからだのほうがよっぽど地球の多くを経験しているわけだ。
おれの意識というもののなんと偏狭であることか。自分の外を見るまでもなく、おれのからだにしてからが自分が自分と意識できている範囲よりもはるかに広く遠くひろがってしまっている。置いてけぼりだ。意識っていうものを通じてものを見るっていうのは信用のおけない考えかただよな、なにしろ意識っていうものは、意識していないものを見ることができない。

いいことなのか悪いことなのか、こればかりはさっぱりわからない。

ただ、いずれおれが死んでおれを形成していたものが誰かに消化される日が来たときに、かつておれであったものから生まれた食い物を食ってるそいつが、おれのこうした考えや感じかたを一切解釈することがないだろうというのは、そうでなければたぶんお互い都合が悪いだろうし、またおれ自身に対する救いにもなると思う。

6:15 2002/10/24

Movie / Internet Killed the Video Star / eStudio.com

「Internet Killed the Video Star」
以前shockwave.comで日本語字幕付きで見てたんだけどそのとき保存できなかったのであーもう見れないのかなと思ってたら原語版だけどまた見ることができた。こういうせつなさの情感みたいなものはアメリカ人にもあるんだよな、多分その感じ方は日本人とはちょっとちがうんだろうけど。角度とかが。

最後あたりの電子ピアノっぽい音色が紡ぐ、とんがっていて空虚で、しかしなんともきれいな和音は見事としか言いようがない。こういう音が生まれ古くなっていくのには多分前後5年くらいはかかるよな。そしてそれは確かに古く色褪せてもいくんだけどその和音が持っているちからは衰えることがない。

6:05 2002/10/24

日々

病院行って説教されてきた。
しかも診療台で寝てしまった。なにやってんだおれ。

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ぶっとびカウンタはもう勘弁なのでカウンタを変えた。
ていうか自アン+のnatori氏がこのカウンタつかってたのでなんとなくおれも使ってみようと。煽り文句にある「壊れない」に惹かれて申し込んだんだけど1秒間100アクセスまでカウント可能というのはどう考えてもおれのページにはオーバースペックだな。
ていうか1秒間100アクセス以上なページってどんなページがあるだろう。大手ポータルサイトとかなら瞬間それくらい行くんだろうか。あさ10時くらいのmsnとかも出社直後にとりあえずネットニュースでも見るかーと繋ぐ会社員多そうだ。
たとえばGoogleとかなら1秒間100アクセスなんてもんじゃなさそうだけども。

2:08 2002/10/24

XBOX / MAXIMUM CHASE / Genki

「MAXIMUM CHASE」。最近これやってんだけどすげえ好きなんすよ。
ひとにはおすすめできないんだけど。

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おすすめできない理由はゲーム自体があんまり楽しめないこと。進行としては、漠然と突っ走るだけのカーチェイス面と大味に感じられる銃撃面を交互に遊ぶかんじで、それぞれの詰めがあんまりよろしくない印象。
弁護しておくならカーチェイス面のフィールドの作りこみは相当なもので、こりゃデザインの手間とか物凄かったろうなとただただ感心してしまうんだけどほとんどすべての風景はあまりにあっけなくスルーしてしまうためにかけた労力がほとんどおれの脳裏に残ってくれない。こういうのデザインの大安売りしすぎっていうか。「SONIC」シリーズじゃないんだから頑張って贅沢に作ったオブジェクトはうまいこと使いまわしてじっくり見せましょうよっていうか見せてくれよみたいな。貧乏性ですか。
銃撃面に関しては正直言っておれはあまり優秀なプレイヤじゃないのでもうちょっとやり込んでみないことにはこれ正確な評価は出せないんじゃないかと思うというのが弁護になるか。つまりおれにはまだわからないけど実はすごくおもしろいのかもしれないってことで。ボタン押しっぱなし状態から出せるMAXショットで敵車を一撃破壊できるという要素があって、さらにそのリアクションで後続の敵車の連鎖ぶっ壊しなんかも可能なので、そこいらへんをもうちょっとやりこんだら評価が逆転するのかも。

どうしてもここだけはちょっとっていうのがカーチェイス面での自車の挙動。
適当に走ってて壁とかにぶつかった時、瞬時に速度0になってしまうのがあまりにゲーム的で醒める。跳ね返ったりぶっ飛んだりとかしてスピードとリズムを殺さない方向で走行継続できたらいいかんじなんだけど。
開発がGenkiということでおなじみのドリフトボタン(押すとドリフト状態になるボタン)がついてる仕様で、これはこのゲームとうまく合ってると思う。ゲーム的に交差点で直角カーブを要求されたりする場面が多いし。

ゲーム中のグラフィックの品質についてはかなりのレベル。XBOXゲーとしては取り立てて珍しいことには挑戦してないかんじだけど、普通にやれることはちゃんとやってるかんじ。テクスチャてんこ盛りだしピクセルシェーダでアスファルトも光る。ただ全般的に処理が重め。リプレイもだけどプレイ中でもかなり落ちる印象なので、ビデオの問題じゃなくて処理自体が重いんかな。
Genkiの科学力では最適化がむずかしいのか、単に納期がきつくて細かいところまで調整できなかったのか。まあしかしそれでもFROM SOFTWAREよりは随分ましな印象を受けるけども(印象なので、詳しいところまではわからないっていうか違うかも)。

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で、とても評価したい部分がストーリー&ムービー。
もう馬鹿。すげえ馬鹿。二日酔いの徹夜明けでデッチ上げたダミー稿が間違って通っちゃったよどうしようみたいなノリのウルトラC級ノンストップアクション。判で押したような定型馬鹿台詞&そりゃねえだろ的お約束展開満載。ていうかいろんな映画やドラマからお約束「だけ」抽出してそれを適当に繋ぎ合わせたらMAXIMUM CAHSEになりましたみたいな。それでいてなおかつ天然っぽい「笑えなさ」が絶妙。このプロット書いたひとは絶対いいひとだよ!とか、へんに素直な好感まで覚えてしまった。そこいらへんに転がってるB級カーアクション映画27本ぶんくらいはあるぜ。
ムービーは実写シーンとCGシーンのミックスなんだけど役者がこれまた見事にへぼい。がんばってると思うんだけど、それでも正直言わせてもらってへぼい。3DO時代とかから比べれば全然よくなってるじゃんとか思ったりするけどやっぱ2002年現在なんだしちょっと。その下手っぷりがイイ脚本にさらに磨きをかける。というかアメリカの低予算TVドラマアクション(しかもダメな部類の)っぽい大根演技が素晴らしい。
もうやめてくれーとばかりにおれの腹筋が力なく痙攣する。あー。あー。

無駄に飛び出す豪華な演出の数々もイイ。坂道でジャンプすれば爆発したケーブルカーが道路を塞ぎつつ後ろから迫ってくるわけだし、銃撃シーンでは当然ショベル部分で銃弾を弾くパワーショベルが追ってくるし、立体駐車場から車ごと落下して愛車がグチャグチャになっても乗ってる二人はヨタヨタしながらも普通に出てきたりするし、主人公の腕にかかれば戦闘ヘリ(ハインド?)も拳銃で撃墜なのだ。

ああ、あれ書いたらこれも、みたいなかんじで、収まりつかないですよ。
おもしろいんだけどひとにはおすすめできない、そんなゲーム。実際のところ突き抜けて馬鹿ゲーってわけでもないし、ちゃんと作ってあるゲームだから遊んだらそれなりに遊びごたえはあるし、世に言われるところのクソゲーではないしで、非常に微妙なところなんだよな。
やたらめったら売れてなさそうなんだけど。
騙されて買えよみんな。プレイ後のしんなり感が、素敵なのに。

6:57 2002/10/23

日々

このところ友人知人が立て続けに死んでいる。

昨日電話が来て、実家の近くに入院していた大学の同期の友人が死んだと知らされた。末期癌で、死ぬこと自体は本人も、家族も、おれも、もう知っていた。なんともいえない気分で電話の向こうの声を聞いた。
癌では去年も小学校以来の友人を一人なくしている。
先週は、都内の知人が突然死したと知らされた。

喪失感はあるんだけど、悲しいっていうかんじがない。
ひとの死に立ち会ってもおれは滅多に泣かない。昔からそうだった。
葬式にあるのは、すくなくとも涙腺に直結するような感情ではない。もともと葬式においてひとはもはや、感情で泣くわけではないのだろうが。涙は精神から遠く肉体的なものだ。
おれは比較的つめたい人間なんだろうなと思う。だけど、ひとの死に泣かない程度で自分をつめたいと思うのはまだまだヌルい、浅薄な自己認識だとも思う。世間に居る冷たい人間は、もっと凄絶に冷たいのかもしれんのだ。おれがおれを判断するにはまだ時間と場数が足りない。

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おれもあとちょっとでおれの父が死んだ歳になるわけで、ここ最近あまりいい心地はしていない。父の死の影響もあってか、子供の頃からおれは中途半端な年齢でコロっと死ぬんだろうなとかごく自然に信じていたような節がある。
大学以降も、そんなつもりは特にないけどさくっと死ぬことを前提に後先を考えてない人生設計やっていたようなところがある。なんのかんのでそういうつもりで生きているよなおれとか、自覚してもいたんだけど。大学の頃の手記でも、そう自己分析してある。
おれにはそこいらへんに関する自省が不足しているな。業とかなんとかに容易に流されている。このあたりはおれの肝心な部分のひとつのはずだが、そこにおれの意思は存在していない。

自分がその時点でどの程度自覚しているかどうかとは関係なく、またその後でなにもかもを自覚し考察し試行し尽くしたとしても、そのうえでなにがあってもやめられない、かえられないようなことを人の業って言うのかな。
おれは自分がなるべく業の深い人間であればいいと思っている。

それも業だ。

3:42 2002/10/23

日々

赤いコーンに黄色と黒のトラロープ。
立ち入り禁止のふれあい広場。

立入禁止 立入禁止

信念と価値観と市場原理が筋違いな火花を散らし合うこの東京には、ふれあいなどいらぬ!いらぬのだ!といった風情か。袖触れ合うはすべて戦闘。
ていうかそもそもこんな猫のひたいほどの敷地で広場もくそもないもんだ。

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ジュンク堂の前の交差点をとおるたびに気になっている、ぬかりや病院。
いい名前だ。なんかいいところでぬかってくれそうなひょうきんな印象があって、なごめる。「ぬかった」っていう台詞といかりや長介の苗字を足して二で割ったような。
ぬかりや病院が入ってるビルの名前は「ぬかりやビル」。先生の家の持ちビルってことですかね。

ぬかりや病院

なにか縁でもあれば診療に通ってみたい病院なんだけど、でもおれがこの病院の診台に上がるのはたぶん永遠に無理なんだよな。ここ産婦人科なので。生きてるうちに男が出産する時代にでもなれば、どうなるのかわからんけど。

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税率6割。たばこ税に関する署名募集シール。
嫌煙運動と違って、愛煙運動の場合はどこに告知すればいいかスポットがわかりやすくて効率いいよなと思った。これ、煙草の自販機に貼ってある。

税率6割。

でもなんというかこのシールの絵はいただけないのだ。
たばこ代のうちの6割が税金ですということを示すための絵なんだけど、この絵の場合だと生きてるほうの茶色い部分にはフィルタが入っているわけで、6割を税金で取られたあとに残ってる「実際に吸える長さ」がとても短く感じられる。
まあ煙草パッケージ代金自体の6割を税金が占めているわけなんだから、煙草のうち60%をどのように切り取ってもそれで一応正当なんだけども(厳密に言い出すなら煙草代を支払うことで受け取ることのできるものは「煙草の本数(フィルタ付きの煙草の場合は含フィルタ)+箱+内紙+キャラメルパック」であって、煙草以外の箱や内紙などにのっかってるぶんの税金はーとかなんとか七面倒くさくみみっちい計算をしなければならないのかもしれんけどそこまでせんでもいいよなまあ)、この切り方は一番損してる気分になる見せ方なわけで、例えるならショートケーキを半分こずつ分けようと言ったら上半分を切って取られてイチゴとかクリームとかは全く食えず、残り50%のスポンジ部分をモシャモシャ食ってる気分というか、いやそこまで極端なかんじではないか、しかしまあつまるところこの署名募集シールは状況を嘘にならない範囲で演出しているわけで、たばこに関する一方の側からのアピールなんだろうなと思った。

まあ、それとは関係なく、おれは署名をしないひとなので、署名はせずに今日も煙草を吸うのだった。おれは吸えなくなるまで煙草を吸って、吸えなくなったら煙草を吸えないおれになるのだ。
たばこ税に関するページはここ

0:00 2002/10/23

日々

昨日。
疲労でフラフラになって深夜前の池袋を徘徊していると、サンシャイン60の下あたりっていうかアニメイト本店の裏っかわあたりが車両通行止めになっていて、なんとなくJSRFの対警官モードみたいな雰囲気に。ふしぎな時間に降って湧いた歩行者天国。
なんの空気に似てるんだろうか、どこかで嗅いだことのある匂い。ひさしぶりに街に出てみたら縁も知らない祭りがあっていて、面食らって人通りを避けて入った裏通りで嗅ぐような、あんな匂いかもしれない。わけわからんな。

通行止 通行止

工事用に止めてんだし、べつに騒いでうれしいわけでもないんだから、ひとは何事もなく地味に歩きすぎていくわけだけど、おれは疲れていたからなのか、なんだか妙にうれしくなって、自転車を降りて何枚か写真を撮った。休憩に向かうらしい、足取りの重い蛍光付き作業服+ブーツ姿の兄ちゃんのうしろ姿がウルトラマンのそれに見える。
がんばれよー兄ちゃん、にっぽんの道路はウルトラマンが作っているのだぞ。

22:31 2002/10/22

日々

ダーーーーーン! ダーーーーン! ダン!ダン!!

AKIRAが来る。
デジタル・サウンド・リニューアル版で来るのだ。うっひょう、ヒャッハー!

とにかくもうこんなアニメーションはこれ以前にもこれ以降にも存在しえないと断言してもいいくらい、「AKIRA」は特別というか、特殊なアニメなわけで、これをちょっとでもいい環境で観れるというのならそりゃ大枚はたいてでも行くわけですよ。
話がめちゃくちゃ面白いのかっていうと、正直なところ評価は分かれると思う。案外おもしろくないんじゃねーかなとも思ったりする。ただ、映像と音楽で綴る映画というものの快楽において、ストーリーとかそういうのは瑣末なことだと思うのだ。ていうか理屈や筋道で逐一納得したり感心しなきゃ満足できないよーなものは、まだまだ程度がひくいと思うのだ。

ああしかし、あのAKIRAっていうあれは、なんだったんだろうなあ、よくわかんねえなあ、動画技術の成熟と、背景技術の先鋭と、当時最新の技巧の集約と、コスト度外視のクオリティ志向に対する肯定と(裏では経理のひととか血ヘド吐いちゃってたのかもしれんけど)、なんていうのかアニメ業界におけるバブル経済最大のモニュメントにして墓標というか、「さん」をつけろよデコスケ野郎っていうか、ともかくよくわかんないけどあのあぶくのような時代にあっても大した連中はやっぱりばっちり存在していたのだなあと思えば、世紀末的な新世紀像と日常的な今日ある21世紀とを見比べて、つながる因子がなにひとつ見つけられず、しかしまああの頃と今は10年ちょっとの時間の流れによって確かにつながっていることを、おれは知っているわけだ、結局よくわかってないんだ、この気持ちはなんだ。

なんつーかな、AKIRAを見るっていうのは、てくてく歩いて芝公園まで行って、東京タワーを力いっぱい殴ってみたら、「ゴォーン」と史上最強にでかいお寺の鐘をウルトラマンが叩いたときのような、いい音が鳴っちゃったというような気分っていうのか。
その振動で自分の拳とか体が原子分解しちゃってたりするんだけどそれに全然気付かないかんじっていうか。

あー何回か通っちゃいそうな気がする。
レイトショー20:50開始っていう時間が絶妙にいいかんじなので。
大覚祭は、最初のやつに行ければいいかなというかんじだけども、チケットまだ売ってんだろうか。消極的に探してみて、買えるようなら行こう。でもAKIRAだけ何回も見るだけで十分な気もするので、イベントとかまでは行かなくていいかなとも思う。

しかし1日1回レイトショーってのは正しいよな。
AKIRAは、どんなにがんばって見に行っても1日1回しか見れないのだ。
1回の鑑賞で、なんともいえないけど、すべて使い果たすので。
帰ったら、たぶんぐっすり眠れるよ。

2:10 2002/10/21

日々

Windows Media Player(うちのはver.7.01)ってjpgとかgifなどの静止画ビューワとしての機能もあったんだな。今日、久々に集めたtrailerとかを整理してるときに間違ってjpgを放り込んで、それが表示されて気付いた。ははは、全然知らんかったよ。
ボンクラー。
pngは…無理みたいだ。8以降だと対応してたりするんかいな、今度XPマシンで試してみよう。あと静止画ファイルはプレイリストにまとめて放り込んでスライドショー的に扱うのは無理みたい(1ファイルずつドラッグ&ドロップするしかない。hootでmdxファイルを再生させるようなかんじで)。

結局静止画ビューワは別途用意するわけだし、あったら嬉しい機能かもしれないけどおれの使い方では取り立てて利点はなさそうだなと思っていたんだけど、これが実はアニメーションGIFを見る場合には便利だということに気がついた。フルスクリーン再生ができて、しかも動作がブラウザ上で見るより軽いのだ(あたりまえか)。
ていうかおれの場合たとえば「機動戦士アッガイ」とか「宇宙人vs人間」などを見るために、個別にgifファイルをダウンロードした後、ローカルで画像を4倍(縦横2倍)くらいに拡大して表示するHTMLファイルを作っておいてそれでまとめて鑑賞とか七面倒くさいことをやってたわけなんだけど、Media Player上でフルスクリーンで軽快にアニメーションしてくれるんなら今後はべつにそんなのいらねえじゃんというか。

あー、そういえばそろそろHDDのほうぼうに散ってしまっているいろんなサイトにあったおもしろGIFアニメとかを集積しなおさないといかんな。

13:36 2002/10/20

あ、しかもGIFアニメーション中に一時停止とかできるのか。これは便利だー。
なんでいままで知らなかったんだろ。

21:38 2002/10/20

日々

金曜日、病み上がりで宴会に行って、それは楽しかったし、おつかれさま宴会なのでわりと晴れやかなんだかやけくそなんだかそういう雰囲気もおもしろかったんだけど、結局のところ体調は悪いし、おれ自身は休みになるということもないし、自転車でひとっぱしりMMRを全巻買っておこうと行ってみれば残り全部揃ってはいるものの1巻だけ水曜日に売れちゃったんですよーすいません、まじっすか、ここにきてまたこのおれの前に立ち塞がるのかノストラダムス、水曜日のノストラダムス事件はたぶん今月いっぱいはおれの禍根としてひきずることになるんだろうなとか陰鬱な気分に浸ったりしながら、ああ週末のうちにせめて体調だけはなんとかしておきたいなあと思いながらも16時間ほど寝ても体調は一向に回復せず、起きて煙草を吸いに公園に出てみれば外は雨、ベンチの定位置は段ボーラーのおっさんが占領してるし、なんか一昨日あたりから右足の横あたりが痛いしで、もう日は暮れて夜がはじまっちゃってるし、一体これからどうやって週末を過ごしたものかと宙ぶらりんの午後7時。

-

そういうおれがいるかと思えば、たとえば骨月伝吉朗氏などは大阪で初の個展などを開いたりしているようなのだった。時間を、削りも、積みもせず、淡々と歩くということは、これがまた難しく、ひととして生きるとかそういう技術とは違った努力や才能によってそれはなされていく。

骨月氏の日記などは、見ても読んでもじつに骨身に染みるのであって、ネットで写真や文章をツラツラのっけて日記をやるなどというものは、こういうもののことをいうのだ。
骨月氏の影は、ばっちりその足元から地面に長く、ひとりぶんの濃さを持っている。
おれもあんま適当にいいかげんな薄い影ばかり漫然と投げておっては、生きてる意味があんましねーよなと思うんだけど、というか生きてる「意味」とかそういうゆるい論理がさくっと出てくるようではそもそもいかんのだ。

19:36 2002/10/19

日々

この週末には何をしたものか。風邪ひきさんだからアクティブに動くわけにもいかんし、ここはひとつMMRを全巻買ってきて相関図を書いてみるとか。ああきつそうだ。

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メールボックスを調べてみるとSPAMがいっぱいで。
こう立て続けにたまげたニュースだのアワビが大量だのとどうでもいいメールを送られると、このメール発信までに携わった関係者全員を想像しうる最も残忍な方法でいびり殺しても誰に咎められる筋合いもない気にもなってくるんだけど、まあまあ落ち着けおれ。

SymantecはNorton AntiSpamとかもリリースしてくれまいか。
消費者単位で対策してても埒があかないっていうか。

9:01 2002/10/18

Novel / ラーゼフォン 時間調律師 / 神林長平

おそるおそる神林長平氏描くところのラーゼフォンを読んでみたら、ごく普通に神林長平氏の小説であって、安心したような、なんかそれはそれでどうよとか思った。

でもやっぱり全力の作品ではないのかなあ。
なにか実体が床におとす影を読んでいるような気分。

7:43 2002/10/18

日々

げふげふゴホゴホと咳したりうなったりしているうちに木曜日。
丸一日うなされていた計算。まだ体が思うように動かん。頭が回らん。指もままならん。
やっぱサプリメントにでも頼らんと健康を維持できないか。
散々寝たのに睡眠不足。ねむい。つかれた。風呂入りたい。洗濯したい。掃除も。

「なんか海外向けに作ってるアニメとかの紹介ページってない?」と聞いたら「そんなのいくらでもあるよ」と言われたのでURL送ってもらったらエロサイトだった。そうじゃない、そうじゃないんだよ。

16:32 2002/10/17

日々:おれは日本語使いのくせして

[ソース:あずまんが大王の海外反響]

ソースはこれなんだけど、べつにこのソースの内容に関する話ではない。

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英文を日本語訳した文章は日本語だ。
それは英文という異言語の成果物がなければ発生しなかったものなのかもしれないが、それであってもやはり日本語の応用可能な範疇にある表現のひとつだと言える。そうしたものは、なんだかふしぎな言い回しだったり、突拍子もない形容を含んでいたりするけど、それをおれは日本語として理解し咀嚼することができる。これは間違いなく、日本語だ。
ということはつまり「英文を邦訳したような文章」を日本人であるおれが独自に(実際に訳文として起こすのではなく、最初から日本語の表現として)作文することは可能なはずだ。能力的にそれができるのかどうかはともかくとして。

なぜまたそんなことを思うのかといえば、ソースのページにある英語訳文を読んでいて、なんだかその訳文の率直さになんというか奇妙なすがすがしさを感じてしまうからだ。打ちのめされるとまではいかないが、へこむ。
誰の手柄ともいえないが、そこには文才が存在している。

たとえばこんなコメントがある。

<ここから引用>
■大阪、ぺったんこな胸、甲高い声、のろま。― いいなあ
よみ、ガーター・ストッキング、スカートのすぐ下にそっとのぞくぎりぎりの肌。― いいなあ
ゆかり先生、いかれた身勝手なアル中。― いいなあ
榊さん、猫フェチ。― いいなあ
ちよちゃん、10歳、ほんとにほんとにほんとにいいなあ。このシリーズで好きになれないものってある?
23:22 2002/10/15 採録
<引用ここまで>

…。
まあコメント内容の詳細については置くとしてだ。
おれがショックを受けてしまったのは末尾の一文、「このシリーズで好きになれないものってある?」なのだった。

このシリーズで好きになれないものってある?

FUCK OFFだぜおっかさん、なんちゅうスカしたコメントを書きやがるかなガイジン野郎は。こうサラっと素敵に素直な直球を放られるとおれもう恥ずかしくって日本人やめたくなってくるよ。ええと、なんだ、愛、ふれあい、自信、驚き、歓び、自負、高揚、期待、信頼、そしてひとかけらのシャイだ。
あずまんが大王に関する、ほとんどあらゆる日本語の称揚文よりも卓越してこのコメントは優れている(あずまんが大王自体がすぐれているかどうかは、この場合関係ない)。

べつにこの元コメント文を書いたひとがどんなひとだとか、そういうのはどうでもいいのだ。
彼(彼女)はそれを英語(←断言はできないのだが)で書いたのだろう。それを邦訳したひとがいて、そうして「このシリーズで好きになれないものってある?」が生まれた。いうなればこれは配合による成果で、「誰がやったのか」ではなくて「その文が生まれた」ことが重要なのだ。

アナログ日本語使いであるおれは「英語→変換→訳文」というデジタル日本語ジェネレーター軍団に表現力であっさりとぶち抜かれる。おれがしゃべってる日本語は日本語全体のごく一部に過ぎないということを思い知らされる。
あいつらにできることは日本語を喋ることのできるひとにならだれにでも、当然おれにも、できる範疇にあることのはずなのに、おれはいつだってそこを手薄にする。おれは、なんだ。ボンクラだ。ギギギ。もったいない。主言語のうち使いこなせている領域が狭いということは自分の人生を解釈する幅が狭いということで、これは「(空間×時間)×解釈能=人生を楽しめる量」の式の示すとおり、おれの人生のうすっぺらさに直結する。
それでいいわきゃないのだ。

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まああれだ、ちょっとずつ軸はズレるはなしになるけど、ATARI→テンゲンの訳文メッセージとかそのへんを読んだときに感じる異文化感とかと近いものなわけだ。
たとえば、

のような。
「コイン いっこ いれる」とかもう神業だね。ただこれだけの文字数にワビサビがある。
「タフすぎて そんはない」ってのももう洗練の極みとしかいいようがなく、哲学的だ。
テンゲンはATARIゲーを俳句にした。
あの頃は、粗いドットの隙間から宇宙が見えたもんだ。いいすぎか。

日本語は幅広く奥深く柔軟で、細かい表現に優れた言語だと思うんだけど、それだけじゃなくて英語なみにストレートな表現だって可能なのだ。幅が広いっていうのはそういうことだ。
それができるからといって細かく微かな領域の可能性ばかりに目を向けてばかりいては、おれの中の日本語はただそれだけが特徴のか弱いことばでしかなくなる。それはだめなんだ。
縫い目の一本までクッキリ見えるような直球を忘れてはならない。日本人であるおれが日本語で遅れを取っていてもしょうがない。

しかしおれはいつだって、それを忘れる。ギギギ。

0:07 2002/10/16

日々

最近本屋に行くと、この単行本の表紙がなんとなく気になってしょうがない。

すごくいい。なんか伝わってくる。
内容とか全然知らないんだけども、ジャケ買いしちまおうかしらん。
表紙で十分気に入ったので、べつに中身までおもしろくなくてもいいやというか。

0:07 2002/10/16


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