かえすがえすも悔やまれる東京タワー階段のぼり未発。
最後のあたりで「くっそおー」とか叫んでドダダダダーと長回しでかけ登ったりしてオトナ帝国の逆襲ごっことかやりたかったのに…。いやいい歳こいたこのおれがいまさらしんのすけの真似してどうするっつーか、おれがやるべきなのはエレベータ付近でドアにかじりつくことだろとか思ったりもして、ははあこいつはつまりおれは世に言うアダルトチルドレンってやつなのかなとか思ったり、そういうことで考えるようなもんではないかなとか思い直したりした。
もう東京タワー関係なくなっているな。まあいいか。
細かい定義がよくわからんのであれだけど、多分アダルトチルドレンなんだけどなおれ。
仮にはっきりとそうだ・そうじゃないとわかったからといって何が変わる・変えられるわけでもないんだから、この「アダルトチルドレン」ということばがおれに対して持っているちからは、弱いよなと思った。
右手を右手と呼んで、左手を左手と言ったところでそんなものに意味はない。
よくも悪くも状況を一方向にねじまげてしまえるような、ちからあることばってものは、そりゃまあそのへんに転がってやしないものなのかもしれないけど。ものから生まれた呼び名でなくて、意味からうまれることばがあれば、たぶんそれは自分も世間も変えてしまう力を持っているんだろうなと思う。
そんなことばが欲しいのかというと、正直あんまり欲しくはない。
でもそれが、静かに通りすぎていくさまをながめるのは、たぶんきもちがいいだろうと思う。
大抵、あとになって気付くんだけどな、そういう肝心なシーンは。
ギャー。
体育の日には東京タワーを階段で登れるイベントがあるらしいというので、明日はのぼるぜのぼるぜとやる気まんまんだったのに、どうもそれ予約制だったらしくて、すでに締め切られているらしい。
ちゃんと事前に調べときゃよかった。
ていうかファミリーイベントかよ。
家族、か…。
いましろたかし「釣れんボーイ」は、すごい。やーすごい、まいった。
天才だよこのひと、いやこういうのは天与の才じゃないな、天はもうちょっとおおまかな才能しか人間には与えてくれないものだから、これはなんというかいましろたかし氏が自分で獲得した漫画力だ、いうなれば天地のちからをうまい具合にさばいてみせる人の才、人才。
川のちょっと上流あたりにあるような、どうやったらこういうふうに見事なかたちになるかなというよーな、ゴツゴツしていながらもツヤツヤしたでかい岩を見る気分。
このひと無駄におっさんやってねえわ、ちくしょう、うまいなあ。
短絡的で、即物的で、突然悟ったようなことを言ったりするけど次のコマでは忘れてる、いや忘れてるのかも忘れてないのかは、おっさんにならなってみなきゃわかりようもない。わかんねえなあ、くやしいような楽しいようなどうでもいいような、ともかくページをめくらずにはいられない。
なんかもうネームのキレからすごいんだよな。無駄台詞なし、無駄コマなし、無駄絵なし、しかしそうでありながら紙面はあそびに満ちあふれ、遅くも速くもなく、多くも少なくもなく、まさしくこれこの状態がこの個性、水の流れのようにしなやかでありながら、石のようにかたちを変えない釣れんボーイがここにある。
雁屋哲+由起賢二「野望の王国」完全版なんかにもちょっと手を出そうかなとか考えてしまっていたおれなんだけど、やっぱしやめとこう。1巻は買っちゃったけどあれも処分する。野望とかいうヌルいことを言っているようじゃだめだ、そんなことでは釣れんボーイに20年たっても追いつけない。
なぜかアニメ「少女革命ウテナ」全話見よう計画を発動中。
でもこの連休で消化するのは無理っぽいかなあ。今朝までで9話までしか消化してないし。
しかし、ああ、ウテナってちゃんとおもしろいよなと見ててしみじみと思った。こういうものが半年1年とか長めのスパンでやれていた、最後あたりの時代のものだよなとか、雑多にほかのことなど考えながら。
結局風邪は治らないまま週末を迎え、麻雀の誘いはあっても残りの面子に連絡はつかず、体育の日は月曜なので中途半端に時間を持て余し、微熱で体はみるみるダルまってゆき、そうかといってせっかくの土曜になにもせずゴロゴロしているのも性に合わんし、ていうか今何時だとか思ったら15時過ぎてるし、ああもうせめてどっか行こうということで秋葉原に出来たばかりのアソビットシティに行ってきた。
行ってきたんだけど、べつに何を買うこともなく。
ゲーム屋さん+おもちゃ屋さんのでかいやつというか、それがデパートになったようなかんじか。ゲームが売ってあるところはなんとなくゲームショーとかにある物販ブースの本格的なやつを想像するとわりと雰囲気が近いのかもしれない。ゲームショーとかの、物販ブースに近寄ったことはないので、よくわかんないけど。というかなんか最近のゲーム関係のショーとかでも使ったようなPOPをうまいこと使いまわしてんのかね、そんなことはないか。
WWEコーナーとかあればちょっとまめに巡回したくなるのかもしれんけど、そういうのはなさそうだった。XBOX「PANZER DRAGOON ORTA(SEGA)」のデモとPS2「Shinobi(SEGA)」のデモを眺めて満足した。PS2「ANUBIS」とかGC「メトロイド」とかそのへんもなんかデモか何かやってたみたいだけど、そっちはわりとどうでもいいのでどうでもよし。
TGS2002のMicrosoftブースにあったというXBOX Live体験筐体が表に2台ガツーンと置いてあったのはよかったけど、行った時間には稼動しておらず。ぬう。
XBOXの5.1ch体感ブースには「BLiNX」と、「鉄騎」が。
こういう場所で多少客層が拡がってくれるといいなあ。
ざっと見て満足したので、ぶらぶらと秋葉を巡回した後ふらんす亭でめし食って帰った。
ふらんす亭はわりと新しいめし屋で、秋葉にしてはまともに食えるちゃんとうまい肉を提供してくれるありがたい店だ。だいたい1,000円〜2,000円くらいでしあわせな気分になれる、おすすめ。場所はええと、どこだっけ、たしかこのへんだったと思う。秋月電子の向かいあたり。
帰りに池袋でとらのあなに寄って、神林長平「ラーゼフォン 時間調律師」と、いましろたかし「釣れんボーイ」を買って帰った。釣れんボーイはすごく好きな漫画で、これは面白いの確定してるんだけど、神林氏のラーゼフォンってのは、これは一体どうかね。
どういう筋合いでこの仕事受けたんだろうなあ。まあいいか、とりあえず読む。
[ソース:東京湾岸ぶらり空中散歩]
レインボーブリッジ関係のページを漁っていて発見、96年頃の東京湾岸あたりの航空写真ページ。もう6年前の写真なので、まだ出来てない建物とか、今はもうない建物とかがある。というか有明あたりはほんとただの埋立地。パトレイバー当時の空気がまだ残っているかんじか。
んー、96年?ということは…と調べてみたら、やっぱりガメラ館は健在だったりするわけなのだった。うひゃー、なんか、ちょっとWTC関連の衛星写真を見るときのそれと方向性が似た感触まで覚えてしまった。いやそれはいいすぎか。
しばらく、ネット地図各種とかと対比して遊んでみることにしよう。
ガルマドップをもらったので素組み。
プラモもたまにはいいもんだ。
というかハサミとカッターで適当にぶちぶち切って、シールなんかも頓着なく貼ったりして、プラモ狂四郎にでも見つかったら全殺しにされそうな適当っぷり。このへんのどうでもよさ加減はおれ小学校の頃からかわってねえなというか、そういえばガンプラ作ったのってひょっとして小学校以来だったかしらん。
アッグガイとかブラウブロとかジュアッグとか、なんか妙にアウトゾーンからもストライクゾーンからもずれたかんじのやつが好きだった。あとギャンだな。いやギャンは結構人気あったか、ラウンドシールドかっこいいし。
で、作ってて思ったんだけども。
プラモを作る、これはこれで楽しいけど、おれが欲しいのはこれと全く逆の手順なんだよな。つまり、箱をあけたら完成品のガンプラと骨組みが入ってて、図面を見ながら完成品を分解して、パーツひとつひとつをワクに収めていくという。
確かにモデルが完成するとかっこいいんだけども、それよかパーツがなんていうのか、あのワクにパチパチ収まってる状態ってのがまたすげえかっこいいんじゃないかと思うわけで。ああ完成するとかっこいいのはわかった、しかしそうであればなおさらそれらが分解されてパーツとして綺麗に配列されている状態ってのはより完璧に美しいのではないかというか。
なんか、よくわからんがそういうかんじ。
そういうパーフェクトグレードものとかが出たら、おれ、買うよ。
ガンオタじゃないんだけど。
先日のレインボーブリッジ行の写真など。
でかい周辺地図はこれとか。
案の定寝坊して、時計を見たら14:00だった。
TATEと新橋駅で待ち合わせして、ゆりかもめで芝浦ふ頭まで。
ゆりかもめの路線図はこれ。台場の観光案内地図っぽくなってる。
芝浦ふ頭駅で降りたら改札前にシスプリとかのポスターが貼ってあって何事かとか思った。オタ向けの建物とかが付近にあったりするんかね。大雑把にトラフィックだけがあるという雰囲気の芝浦に、シスプリのポスターは異質な気がするんだけど。
ともあれレインボーブリッジ方面へ。
カネボウの、サンドイッチみたいな形のビルが印象深い。
さくっとレインボーブリッジ下に到着。
車とゆりかもめが高度を上げるためのループを下からながめる。
日本科学未来館に行ったときも気になってたんだけど、この対岸にあるコンクリ工場?はかっこいいね。縦横にパイプが走っており、しかもそのほとんどが並行になってない。ちょっとパンクだ。
レインボープロムナードとか、なんかかっこよさげなふうに書いてあるけど、警備員さんの詰め所と、入口としての機能と、自販機とトイレ以外はなんもなし。橋の保全が主機能で、歩道の管理は片手間でやってるってかんじなのかな。
通行無料。自転車禁止。
一応、折りたたみ自転車を持って渡るぶんにはOKらしい。
よっぽど酔狂ならそれもまたよしかもしれないけど、さすがにちょっときついかな。
橋の途中にトイレはありません。これ重要。
橋の上は風も強いので、おなか弱いひとは念のためにトイレいっとくべし。
あと、歩道は橋の両側にあるんだけど、途中でルートが交じり合わないので、南北どっちのエレベータから入るかでルートが決定される。
で、今回は北側ルートでいくことに。
あ、もうひとつ。橋上禁煙。
全行程2km弱あるみたいなので、チェーンスモーカーのひとはまず一服してから入ったほうがしあわせかも。
エレベータで上まであがって、ドアを越えたらいきなり橋の中。ぶっきらぼうな仕組みだ。
あーこりゃ歩道狭いね、どうにか二人並んで歩ける程度。
すぐ傍を車がすごい勢いでかっ飛んでいく。
レインボーブリッジの歩道は橋の「中」を通り抜けるようになっている。上は首都高で、中が一般道とゆりかもめと歩道っていう二重構造。横を車がガンガン通っており、外を見れば一面フェンスに覆われている。正直いってあんまし景色もよくないし空気もうまくない。
レインボーブリッジは首都高として使うか、ゆりかもめで渡るのが正解かなと思った。
いかにも健康が好きで好きでしょうがなさそうなウォーキングおじさんやウォーキングおばさんなどとは数組すれ違ったけど。
しかしまあ、このゴツい鉄骨とデカい構造がひとのわざかと思うと呆れるばかりだ。
大した距離でもあるでなし、船で渡ればいいものを、大量高速で平易な移送を求めてやまない人間は、こんなものまで作ってしまう。確かに便利だけどなあ、ここまでやるのか。
「レインボー」っていうその名も浮いて感じられる。この橋はそんなフワフワしたようなものじゃなくて、厳然とでかくて重い。第一、どこも虹色じゃない。レインボーブリッジっていう名前は、こりゃもう完全に都市計画としての名前であって、机上にあるネーミングだよなと思った。ビュンビュン、ごうごう、ドドーン、それですべてだ。
ぶらぶら歩く。
たまに橋の下を通過していく船があったりする。
柱にときどき白いパネルが貼ってあって、どうも日本の昔話(ぶんぶく茶釜とか桃太郎とか)のものみたいなんだけど、これに関して特になんの説明もなく、貼ってある意味がわからない。なんだこりゃ。
ずっと同じような景色で、歩いてて距離感が掴みにくいから、なんか違うマークみたいなものを設置しておいたほうがいいとか、そういう判断なのか。
休憩所にはパノラマ写真が貼ってあって、ははぁここから見えるあれがそれかとか確かめたりできるようになってるんだけど、トイレもないから自販機もないし、禁煙だから一服というわけにもいかんしで、あんま腰落ち着ける雰囲気じゃないかも。
アンカレイジの中にはなんか施設がありそうだったけど、一般歩行者は北側南側それぞれの通路を抜けることしかできない(中は立入禁止みたい)。残念。
アンカレイジを過ぎたあたりでジェットスキー二人組みのひとが橋の下を通過していった。東京湾でもジェットスキーなんてやれるんだね、このへんの水って大丈夫なんかいなとかちょっと心配したりした。
実際かれらはやってんだから、まあ水に落ちても大丈夫なんだろうけど、おれはこのへんの海で泳ぐ気にはなれないな。
サウスルートと合流できる地点まで来た。
わりともう出口っていうことなのかもしれない。
一応そっち行ってみるかということで階段を降りて一般道の下に潜ると、歩道下橋。
あー、なんか燃えるね、こういう大雑把な建築にある、ちょっとした薄暗くて狭い空間。リュウとかが根津の部下あたりとこっそり会合してそうで。
サウスルートに出たら、そこはもうお台場でした。あーへんなビル。
つーかもともとお台場って江戸時代の対渡来船砲台跡地なんだよな、たしか。砲台場だから、台場。
ヘナヘナな大砲で首都防衛をやっていた砲台跡地が、いまは奇妙な簡易リゾートスポット化しているというのは、なんかどっちの時代にあってもお台場は日本や東京の滑稽さみたいなものを象徴しているようで、へんな気分だ。
ここには常にうそくさいというか虚仮くさい雰囲気が充満している。まるでムーとかアトランティスだ。お台場が目の前でぶくぶくとあぶくになって沈んでしまったとしても、おれはまったく不思議に思うことがないだろう。「あーお台場だしな」というか。ギチギチに集積された東京の、あそびの部分がまとめて大雑把に配置されてるだけの島。
しかし反面、お台場の海岸に立って眺める薄汚れた東京の景色、ビル群は、そっちのほうが大仰に組み上げられた蜃気楼のように見えたりもするのだ。押井守氏が「パトレイバー」あたりで描いた景色か、いやどちかっていうと、泉麻人氏が「東京タワーが見える島」で描いた気分なのか。
大して離れちゃいないのに、全部霞んで見えるんだもんなあ。
まあしかし、強いて言うなら、どっちもでまかせだよな、東京も、お台場も。不自然だ。
不自然っていうのは自然じゃないということで、それはつまり人間の意固地さの体現であって、とてもいい。自然に沿って生きて死ぬだけじゃあ動物と変わらんのだから、不自然さが多ければ多いほど人間が人間の性能を無駄に発揮してるってことだと思う。
お台場海浜公園。このあたりの徘徊はツーマンセルが基本だ。グループかアベックか夫婦か幼女姉妹か、そういう組み合わせのひとたちしか居ない。男同士で来るところじゃないと身に染みて感じる。
TATEが、点在する照明柱がPSOのボタンに見えてしょうがないとか言ってる。
こいつも終ってるなあとか思った。
いっちょまえに砂浜とかあるけど、砂はよそから運んできたもの。人工浜だ。
海はヌメヌメと光っていて、付近には海藻どころかフジツボのひとつも見当たらない。潮の匂いも希薄。これで我慢できる東京人ってのは我慢強いのか、そもそもまともな浜を見たことがないか、どっちかだよな。
とほほ。
とかTATEと言い合ってると、遠くのほうで魚が跳ねた。
こんな海にも魚は居るんだな、人間の不自然さとかとは関係なく、自然はいつだって無頓着に強い。あー、やっぱしおれはボンクラだ。
コートが2つくらい立ってて、ビーチバレーとかやってるひとが居たよ。
さすがにDOAなみの巨乳のひとは居なかったけど、やはりDOAビーチバレーは買わねばならないなあとか改めて思ったりした。関係ないか。
公園を浜辺に沿って歩いていくとそのまま水上バスの乗り場についたので、そのまま日出町(JR浜松町駅付近)まで乗っていくことに。浅草まで行くコースもあるみたいだったけど、なんかちょっと値が張ったのでそっちはまた今度。
この時間だとそろそろ屋形船が出てるみたいで、何隻かと並走したりした。
屋形船、また乗りたいなあ。前回乗ったときはすげえ疲てて、せっかくの屋形船なのにずっと寝ちゃってたからな。天ぷらもあんまし食えなかったし。
下から見上げると一層でかいレインボーブリッジ。
アンカレイジのあたりを大量の黒鳥が舞っていた。
風邪ひいた。
いててて。
喉が、のどが。
船戸明里氏の漫画は売れていないらしい。
このひとの漫画はわりあい好きなほうなので、幻冬社復刊版の「若草一家でいこう」は書店で見たら買っておこう。たぶんその作家人生であと2回くらいは化ける機会がありそうなひとだと思うので、世のサラリーマンなどが定年を迎える歳くらいまでは漫画家でいてほしいなあ、とか漠然と思ったりもする。
というかもともとこのひと漫画家じゃなくてイラストレータなんだろうか、どうなんだ。
どうでもいいか。
べつになんであろうと描いた絵や漫画がよかったらそれでいいのだ。漫画を描いてめしを食ってたらそのひとは漫画家だけど、漫画がおもしろいかそうでないかはそれを描いたのが漫画家であるかどうかとはあまり関係がない。それは確率の問題で、迷信のひとつと言ってもいいだろう。
サイコロの目の統計はどれだけ取っても次に出る目を保障しないからな。
だからおもしろいし、だからおれはプレイヤーでいられる。
週末。
結論から言って、レインボーブリッジには行って歩いてわたってきた。てっきり有料だと思ってたんだけど、通行無料だった。考えてみれば一般道も通ってるしな。
自転車は通行禁止であることを警備員さんに確認した。残念。しかし代替手段として海上バスは自転車持込可であることを目視確認(というか自転車ごと乗ってるひとがいた)。山手線環状に沿ってちょっと大回りしてみたりとかするときにルートに組み入れると面白かろう。当然夜中は営業してないから、日中用のスケジュールになってしまうのが面倒くさいけど。
「アメリ」は時間がなくて見にいけなかった。
DVDを借りることにしよう。畜生。
金が入ってたのでPDA買うぜ病がぶり返してきて秋葉原とか新宿とか池袋の売り場をあちこち回ってみたけど、事前情報収集が足りないので(ていうか全然してないので)なにがなにやらよくわからないまま結局スルー。SONYのCLIEの新型が今月の中旬あたりに出るというので、そのへんを事前に何も調べないままガツっと買ってしまうのもいいかもしれない。買えればだけど。
おれの非常に大雑把な生活スタイルとSONYスタイルはかなり相性が悪いので、いかにも精密っぽいSONY製小型機械をおれが買うっていうのはその先にあるあっけない破損→故障→破壊→再起不能→ガッカリを約束するようなものだけど、まあそうなったらそうなったでいいかなとか。
あのへんの脆そうな機械を手にとって仔細にながめたりしていると、日頃何気なく使ってる携帯電話ってのがいかにしっかりとした規格であるかがわかるな。落としても(一応注意してはいるんだけど)、踏んでも(たまにしか踏まないけど)、濡らしても(雨ふっても傘さすのめんどくさいし)、外装こそボロボロになれ、平気で動きつづけるものな。たいしたもんだ。
つーかそんなかんじで明けて暮らしているおれがPDA欲しいなんてのもおこがましい話だよなと、キーボード叩いててあらためて思った。酷なオーナーだ。
週末は夜中に電話が止まったのでコンビニに支払いにいっても復活せずありゃ週明けまで復活しないのかとかそれとも先々月とかの未払い分でも残ってんのかとかよくわからんうちに終ってしまった。ネットにつながらないと家に居てもすることがなくて弱る。
自分が電気がないと猿と大差ない生物になってしまうことをはっきりと自覚したのは電気グルーヴの本かなにかでそういうコピーを見て「ああそういえば生活に関してそういうはかり方もあるな」と思って以来だけど、ここ数年は電気だけじゃなくてなんでもいいからとにかくネットワークにつながっていないとやっぱり猿と大差ない生活しか送れないかんじだ。
別に呼吸するように四六時中繋がってる必要は(まだ)ないけど、水にもぐってひとしきり足をバタつかせた後、息つぎをする程度にはネットワーク接続が必要だと感じている。だとするならおれのネットに対する考え方はここ数年で逆転したことになるのかな。以前はネットに接続するという行為のほうを「潜る」と近い意味に感じていたんだけど、今では目の前にある景色のほうが水底にあるようだ。
さほど激しい欲求ではないぶんだけ、深く静かに浸透してきているなあと思う。
とりあえず、斑鳩やるか。
Mさんの家に行ってNHKみんなの歌「ちっちゃなフォトグラファー」を見せてもらった。
あー、ロリががんばるアニメであることだなあ。
そこまで出来のいい歌や絵ではないと思うけど、ネットで評判にはなりやすい要素を持っているよな、その、完成度の高すぎない骨組みとかが。
というかなつみのカメラが普通のカメラであるところがおれにとっては鍵だよな。
おれならそこは安易に今日びはデジカメだろとか思ってしまうところなんだけど、そうじゃない。このおはなしのバランス感覚はそこに表明されていると思う。
制作関係の誰かの実体験をもとに作画したのなら(彼か彼女かが子供の頃のおはなしなら)デジカメはまだなかったんだろうし、あるいはそうじゃなくて単に作品イメージ的な選択としてのことであるのかもしれない。
少女のまじめな玩具としてのカメラが切り取るべき光景はデジタルであったほうがいいのかアナログであったほうがいいのか、つまりはなつみにとって「大事なカメラ」となるようなカメラは、昔ながらのゴツくて黒くて重たい写真機であったほうがリアルなのか、軽くてスマートで銀色のデジカメであったほうがリアルなのかという思考。
そこいらへんの感覚が、(適当か不適当かおれにはちょっと判断できないけど)ハマってるんじゃないかな。なつみが持っているのがデジカメだったら、たぶんなつみに対する印象はかなり変わったと思う。
すくなくともあの視線が持っているリアリティは薄くなっていただろう。
レインボーブリッジは歩いて渡れるらしいんだけど自転車では渡れないらしい。
担いで行けば渡れるんじゃないかとも思うけど現地まで行ってダメ出しくらったらせつないので、まずは明日(というか今日)歩いて渡りに行くことにした。寝坊しなかったら。
あーあと、今週末くらいまで新文芸座で「アメリ」やってるからあれも劇場で見れるうちに見とかないと。DVDで見たらどういう見方をしても小さくまとめたかわいらしい映画としか見れなくなってしまうような気がするしな。それは必ずしもきもちのよい楽しみかたではないように思う。
フランスものに限らず、外国の映画の画面に対して置くべき視点は難しい。
なにせ日本人が撮ってないので、カメラを操作する腕がおれにとって理解しやすい論理で動いていないことがあるからだ。実際よその国の映画にはおれにとってわけのわからんシーンがままある。理解できているつもりの演出意図も、そうなると疑わしくなってくる。
やっぱ肉食ってる連中の考えはわからんなあとか、一神教の連中の人生は彫りが深くてたいへんだなとかなんとか、国々によって違う雑多の感覚が、多様にひろがる。あーわかんねえな、こいつらと理解しあえる日はおれには来ねえな、というかそんな日が来てしまったらきっとつまらないんだ、とかなんとか。
いつも以外の、違う視点を探せるはずだ、アメリがおもしろい映画なら。
2,3カット、もしくは数秒でもいいんだけど、そういう画面が見れるとおれはうれしい。
というかそれ以上あったら脳みそがオーバーフローしちゃうので、それくらいで十分なんだけど。
おもしろかったらいいなあ。
体調最悪。寝ていたくても頭痛くてどうにも。
なぜか脳内で怒首領蜂のAC版や海腹川背SFC版のステージが思い出されて、その処理落ち具合がどの程度だったかをエミュレーションしていたら日が暮れた。
写真を整理していたら出てきた8月末の秋葉原。
どこに焦点合わせていいやらよくわからんあたりが今のおれのあたまの状態に似ている気がした。
おれの日記の広角っぽい写真はほとんどが似非広角(普通の写真を同じ位置から角度を変えて何枚か撮って、あとで無理矢理つなげたもの)なんだけど、これは珍しく真に広角な一枚。というか路駐車のガラスの映りこみ。
まともな広角レンズとかあったらそれはそれで結構おもしろいだろうなと思うけど、それがあってはじめてできるおもしろいことより、それができないことによって制限されるたのしさのほうが、おれにとっては気持ちがいいんだろうなと思う。というより広角レンズが持っているきちんとした可能性は、それを持ち歩けたとしてもおれの手に余るだろう。
ポリゴンよりはラスタ拡大や変形スプライトのほうが性に合うという感覚。
広角気味なカットが欲しいなら、そこで自動車のガラスや交差点のミラーを探せばいい。
写真がうまいひとはハッとするようなカットをあたりまえの日常から切り取ったりもするけど、おれの場合そういう瞬間を見つけ出すのが下手だ。それはつまりおれ自身の日常に対する光学的視点が平凡だということなんだろうけど、光景に対するおれのありようはまあそれで構わないと思っている。
なんとかしたいのは情景に対するおれのありようのほうで、こっちをどうにかするにはどうすればいいのかを、おれはもうちょっと真面目に模索しなければならないと思う。
[ソース:http://www.yks.ne.jp/~su/]
東京(周辺)自転車遠足をやっているひとは結構居るみたいだ。
このページのひとの自転車にはメーターがついてるようで、走行距離や平均/最高時速が出ている。こういうのはいいな、おれの自転車にはそういう便利なものはついてないけど、なんか安く代替品が使えるようならそういうカウントもおもしろいかもしれない。万歩計とかで。無理か。
昨日からひきずった体調がよくならず、ダウン気味。
仕事がスタックされていく。あー、いかん、こなさんと。
公園で小休止。
台風効果で今日は湿度が低くて気温が高いかんじ。秋の昼としては過ごしやすいってことなんだけど、いかんせんからだが言うことをきかない。栄養ドリンクを飲んでみても味がわからん。
結局午後すぎにダウン。
あちこちガタがきてるから修理せんといかん。
帰宅途中、自転車もガタがきていたので修理してもらった。ヘタった部分がどうにもならないとのことでパーツ交換。修理するより早く済む。量産品のママチャリはパーツも量産品なので安く上がる。
おれのからだもパーツ交換で済ませられたららくでいいのになあ。
団塊ジュニアの量産品だし、安く上がりそうなもんだが。
帰りがけにウエクサユミコ「ぐるぐるクリーチャー」と小林源文「Cat Shit One」3巻を買っておく。このへんのひとにはがんばってほしいので単行本ぶんよりちょっと多めに印税払っておきたいんだけど、なかなかうまい方法ってないもんだね。
一時期、どうにかして金がうまいこと作ってるひとたちに流れるような仕組みを思いつけないものかと妄想してたんだけど、やっぱしあれやってもこれやってもああなってこうなって、やっぱだめかとかどんづまりに行ってしまって。
結局現状唯一妥当なのが「2冊とか3冊とか買う」なんだけど、もの自体が数欲しいわけじゃないしな。というか3冊に対して3冊ぶんの値段を払うんじゃなくて、手元の1冊に対して3冊ぶんくらいの金を支払ってもよい、というはなしなのであって。
あたまがゆるい。
だめ、全然だめ、台風。
なにが戦後最大級だっつーのよ、へぼすぎる。
風が強くなってきて「おーいよいよ本番が近いか?」とか思ってたらそれが最高潮だった模様。ぬあー、こんなんで済ませるなー。せめて桶のひとつも飛ばしてみたらんかい。
東京きてから「最大」とかなんとかの過剰表現にはガッカリさせられることが多いなあ。
めし食って酒飲んで寝よ。
恋愛シミュレーションゲームは恋愛のどこをシミュレーションしているんだろうっていうか、別にそういうことはやってないものが多いような気もする。それでは何をシミュレーションしたら、恋愛をシミュレーションしているゲームになると言えるんだろうか。
いやそうじゃないか。
たとえばSTGやACT、RPGなどの、それらの名前のつけかたの規則性を探すなら、シューティングにおいては「撃つ」、アクションにおいては「動く」、ロールプレイングにおいては「役割を演じる」という、「ゲームをはじめた時点で特に条件なくとりあえずプレイヤが行えることであり、それを通じて何らかの目的を達成できると明示されている手段」がそれぞれのジャンルに冠されているということで、同様に考えるとすれば恋愛シミュレーションにおいては、ゲームをはじめた時点で特に条件なくプレイヤが恋愛をシミュレーションでき、かつ恋愛をシミュレーションすることで達成できる何らかの目的が用意されてあれば、恋愛SLGと言えるのかもしれない。
ゲームはプレイヤのためのもので、ゲームのジャンルや名前はプレイヤを規準に設定されるものだから、STGにおいては最低限プレイヤさえシュートすればよく、ACTにおいては最低限プレイヤだけがアクションすればよく、RPGにおいては最低限プレイヤだけがロールプレイすればよく、恋愛SLGにおいては最低限プレイヤだけが恋愛をシミュレーションすればよいという話なのかもしれないなと思った。
STGの敵が弾を撃ったり、ACTの敵が動いたり、RPGの村人が役を演じていたりするのは、そのゲームルール内でプレイヤに許可されている行動範囲に準じてそれ相応の反応をプレイヤに返したほうがゲーム世界をより自然に感じられるからというだけの話であって、それがなくても構わないのなら、恋愛SLGにおいてコンピュータが恋愛をシミュレーションする必要などないわけだ。
恋愛SLGってのがあるんだから、あのジャンルが進化すればいずれは恋愛TC(タクティカルコンバット)とか恋愛RTS(リアルタイムストラテジー)とかが出てくるのかなあとか、ふとトイレで唸りつつ考えてしまったあたりからへんな妄想に飛んでしまった。
恋愛RTSってのは、ちょっと面白いかもしれないな。
どちらかというと特定キャラクタにフォーカスしてそれを主人公と定めるような形式ではなくて、登場人物をリアルタイムで制御しつついかにドラマティックな恋愛模様を演出していくか、みたいな、いわば恋愛ドラマRTSのようなかんじの。
「今回はわりと修羅場を作れたな」「なんのかんので全員落ち着きどころを探せたからまあいいか」みたいな、一種盆栽的な楽しみ方になってしまう気もする。
風邪ひいたっていうか腹こわして、頭は痛くないんだけど朝から夕方までトイレと布団を往復。FM音源は頭に響くのでhootを止めて、ひさびさにアニオタ的な音楽でも聴くかと、カードキャプターさくら「友枝小学校コーラス部クリスマス・コンサート」を引っ張り出して延々とループ。
そういえば子供の頃、「諸人こぞりて」の歌詞の中の「♪主は来ませり〜」を、シュワキマッセーリというなんかよその国の言葉だと思ってたなとかどうでもいいことばかり考えつつ天井を睨んでいた。
あんまウンウン唸りながら聴くような歌ではないよな。
最近は段ボーラーのひとが夜中この界隈にも頻繁に(寝に)来るようになって、もうちっと治安よさそうなところで寝ろよおっさんこのへん結構危ないんだからとかいうかんじなんだけど、最近わりと公園に居ついてる風邪気味のじいさんは、今夜大丈夫かいな。
今日は東京に戦後最大級だとかいう台風が来るらしいんだけど、もうちっと雨露をしのげそうなところで寝とかないと危ないんじゃないか。ちょっと心配だ。
おれが心配することではないか。
とかいいつつちょっと近所を散歩してきたがさすがに人影なし。
段ボーラー連中も退避OKか。そういやじいさんのホームレス仲間のひとたちが昼間集まってラジオ聞いてたしな。あのへんのつながりに期待しておきたい。
あとは、その戦後最大級とかいう台風に東京を直撃して大暴れしてもらうだけだ。
どうせなら来いよ台風。
[ソース:夜の世界地図写真ページ]

元の画像へ(http://antwrp.gsfc.nasa.gov/apod/image/0011/earthlights2_dmsp_big.jpg)
今はどうか知らないけど、以前秋葉原の書泉ブックセンタのエスカレータにこんなポスターが貼られてたよな。同じソースかな。
夜にくっきりと浮かび上がる日本列島のかたちを見ると、よくもまあ日本人はこんなになるまで光を集めたものだと感動するやら呆れるやら、なんかちょっとモヤモヤした心境になった。陸地はびっしりと光で埋め尽くされ、光の形で海岸線がわかる。
なんか、こういうの見ると、いろいろなことを考えてしまうな。